
長年、経済大国として走り続けてきた日本。しかし、昨今世界で加速するデジタル化の流れからは大きく取り残されています。その要因とは――。 本稿は、多国籍企業でDXやM&Aに携わってきた経験を持つLars Godzik氏と、25年にわたりイノベーション、事業変革等のコンサルを行ってきた太田信之氏が日本企業とのDX導入経験を基に、議論を重ねて作成した内容を和文にしたものとなります。 主に日本企業のあり方そのものが、イノベーションやデジタルワーキングモデルの実現に障害になっている状況とその理由を検討します。
日本の成功とこれからの挑戦
日本は幸運にも、長年世界第2位、現在でも世界第3位の経済大国であり続けることができました。この間、国の経済は安定して成長してきました。少なくとも2000年までは。日本は現在でもまだ間違いなく経済大国です。しかし人口構造の変化、今後30年間で生産人口が1/4以上減少することから、企業の労働力が縮小することで、ビジネスはさらなるリスクに直面します。 さらにOECDの調査では、日本はG7諸国の中で、もっとも生産性の低い国であることが明らかになりました。グローバル化が加速し、デジタル化や、テクノロジーのイノベーションが進むことを考えると、競争を重視し、グローバル化に挑む会社は、より複雑で流動的、不透明かつ不確かな環境に対応しなければなりません。 その点で、日本の企業は、明らかに遅れているように見えます。特に日本の中小企業の中では、研究開発に使われるお金は、非常にわずかです(OECD諸国の平均が30%であるのに対し、日本は5% )。このデータから、日本のイノベーションへの本気度がどの程度のものか伺えます。 最近OECDが日本へ提言した三つの政策のうちの一つには、 生産性を上げることと、「ソサエティー5.0」に向けての道筋を整えるために、デジタルトランスフォーメーションを推し進める必要性について強調されています。 COVID-19によるパンデミックが、デジタル化をさらに加速し、企業はより柔軟に適応せざるをえなくなっています。 この課題に対してはさらに強いプレッシャーがかかっていて、2035年までにテクノロジーイノベーションとロボット化により、日本に今ある仕事の多くは自動化され、消滅するだろうと言われています。日本企業は、さらなるデジタル化と付加価値をもたらすことができる従業員を惹き付け、維持するための準備が必要です。
日本の企業文化とテクノロジーイノベーションの関係
日本の大手企業は組織として、生産性を上げ、経済を成長させるためのデジタル化の歩みに、より大きな時間とエネルギーをかけなければなりません。日本のビジネス文化は、集団主義、コンセンサスを取りながらの合意形成、長時間かけて行う方向性の確認などに代表される、同質性が高い文化、伝統的な特徴があると認識されています。
これらの特徴を組織文化に置き換えると、従業員は伝統的にチームに所属し、そこから得る価値観や信念に導かれ、自分に期待されている姿勢や態度に追いつこうと努力します。労働環境については、よく焦点が当てられるのが長時間労働ですが、それが雇用主と従業員の強い絆につながっています。言い換えると、従業員の生活が、会社を中心に据えたものとなり、組織の文化もそうした従業員の価値観を前提としたものになってきます。
さて、これまでは日本の成長の秘密ともてはやされた、会社中心の生活・時間的コミットメントが、変化の激しい事業環境の中で、どのように変わっていく必要があるでしょうか。
「アジャイル型の働き方」は、今後競争に勝つために必要な働き方と言われています。アジャイル型の働き方を、「現場に権限と裁量権をもたせ、失敗してもそこから学びながら、より良いものを、より俊敏に、機動的に世の中に出していく働き方」と定義してみましょう。
この働き方を実現するために何が必要でしょうか。日本企業の管理職はこれだけ頑張って職場を良くしようとし続けているのに、結果的に本人も職場も苦しみ続けており、その上でこうした新しい働き方への移行に手間取っています。その理由を考えることは、これからの働き方を考えるのに非常に重要なテーマです。
変革を妨げる文化的障害
一つの理由は、現代の感覚で機敏性を考えるとき、日本の文化が、まさに正反対であることです。アジャイルな働き方で生産性を上げられないのは、伝統的なリーダーシップ、時代遅れの管理体制、不適切な組織体制に一部起因すると考えます。
日本では、ヒエラルキー(階層)の構造や、どのような組織に所属しているかが、安全性や安心感を得るための重要な要素となっています。階層レベル、すなわち裁量権や意思決定できることの定義は明確で、多くは顕在化しています。
にもかかわらず、多くの「関連部署」や「上位の会議での共有」によりコンセンサスをとる形で意思決定のプロセスが一般的です 。最終的に、誰がどのような責任と理由で意思決定をしたのかが、わかりにくくなります。
一方で、現在の管理方法は、実行することよりも、詳細に計画をすることに重きを置いています。それは、アジャイル的マインドセットには絶対に合いません。ヒエラルキーを元にした組織では、組織の長への責任が集中し、その中でコンセンサスを元にしたコミュニケーションをすることは、決断に時間がかかります。素早く動き、変革する環境が必要な中では、この働き方と組織の形が、大きな障害になることが証明されています。
リスクを取らないというリスクの結果
日本はデジタル化や組織変革の点で他の諸国よりも遅れています。それは、歴史的に非効率なリスクマネジメントについての考え方にもよく表されています。日本の全体的な政策決定のアプローチは、その場しのぎで、戦略的に国家としての優先順位を「決めない」というのが基本のやり方です。
結果的にこうした曖昧な意思決定アプローチが、極端なリスクを取る行動から国や企業を守ってきた、という考え方もあります。しかし、社会全体が大きく変わる中で、日本におけるイノベーションへの舵取りを遅らせ、世界をリードするポジションを取りそこねてきたとも言えます。
言い換えると、国の最大の弱点は、新しい環境に素早く柔軟に対応することが苦手であることです。最新の事例でいうと、COVID-19のワクチン接種が一つの残念な事例といえるかもしれません。
今でこそ先進国の中での接種率は高い状態となっていますが、2020年後半には、ワクチンに懐疑的な人々も多く、そうした人々に対して接種を強力に押し進めるような拙速な決定と行動を避ける、という風潮がマスコミを賑わせていました 。
結果的にはワクチン接種は順調に進んで事なきを得ましたが、その立ち上がり時のオペレーションには相当の混乱がありました。逆に一度運営が始まり、ある程度の定着化をみるとそこからのカイゼンはお得意の領域として、相当効率的なオペレーションを構築しました。
こうした状況の中で、個々のチームの携がしづらく、組織横断的な業務の効率的な働きができないことは、大きな課題です。コンセンサスを中心とした業務プロセスを通じて、意思決定のスピード低下をまねき、それと同時に実行が遅れがちになります。
集団主義において不明瞭なことを全力で避けようとする体質は、専門領域での交流において一番大きな影響を与えています。「相手の顔に泥を塗る」ことが、最悪の行為だと恐れられている文化において、失敗は、学習体験というより落ち度とみなされます。日本文化では、過ちは穢(けがれ)であり、禊などを通じて清めるべきであるとも言われています。
一方で、欧米では創業者や会社経営者は、自分の一番大きな失敗談やそこから学んだことを「ファックアップナイト(注:“大失敗を語る会“のような意味)」のようなイベントで大々的に公表して、失敗を穢らわしいものではなく、学ぶべき資産だとしています。
日本では、アメリカと違って、能力や経済実績より、努力や貢献度が成功や失敗に直結するとみなされ、長時間労働や無休暇労働等の、自分の時間をどれだけ使ったかが評価されるようになっています。最近のデータでは、罪悪感、つまりは「過労社会」において痛みに耐えることや期待に応えることが重要とされていることを表しているようにも見えます。
和をもって貴しと為すことが大切
日本の管理職の中には、自分達が休暇をとらないため、従業員も同じように休暇をとるべきではないと考える人がまだまだいます。よって、従業員は、周囲の目を気にして、チームの調和を乱すことを恐れ、年次休暇を取得しようとしません。
こうした考え方には、違和感があるように感じる人も多いかもしれませんが、日本は19の経済地域の中で、休暇承認のレベルが一番低く、更に悪いことに、従業員への休暇奨励においては世界最低レベルという残念な結果は数字としての事実です。
これは、どんな理由から来るのでしょうか?休むという行為で、迷惑、罪を作りたくない、そうしたことをする人には思われたくないという、他者の目を気にする日本的会社文化が大きく影響しています。
日本のビジネスコミュニケーションにおいては、最大優先事項は、関係性の維持です。例えば、多くの参加者がいる公の場(会議など)で、上層部に疑問を投げかけるということは非常に珍しいことです 。
「失敗から学ぶ」環境をつくることが、効果的なアジャイル組織を作る重要な要素でもあるにもかかわらず、自分の意見を表明することが、容認されるどころか奨励もされないというのは、大きな障害です。
仕事に起因する圧力はとても強いため、評判を落とさないようにすることは、いつのまにか家族や自分の健康よりも大事だと思い込むような状況になっています。
仕事において効率的に休みをとることは、心身の健康を保ち、余暇や友人、家族との時間を通して元気の源をつくるための重要事項であり、本来議論の余地のないことです。不明瞭の度合いによっては、若くて、より専門性があり知識のある従業員が、個人の能力を発揮する妨げにもなります。
集団主義的なマインドセットは、チーム精神や人間関係においては好まれますが、新しい課題に取り組むための生産的な議論においては、非常にやっかいなコストとなります。
■著者プロフィール
Lars Godzik
ドイツで創業されたIndustry 4.0、DXを専門とするコンサルティング会社、Ginkgoの創業者でパートナ ー(共同経営者)。ドイツ企業だけでなく、日本、アジアの大手企業のDX変革に造詣が深く、多数のスタートアップ企業、デジタル企業の役員、顧問を歴任している。
太田信之(OXYGY株式会社 代表取締役/アジアパシフィック代表パートナー)
1966年、東京都出身。国際基督教大学卒業後、ソニーに入社。イタリア駐在時にマーケティング部門でマネジャーを務める。その後、GEにて事業開発や事業統合の業務を経験。複数のコンサルティングファームを経て、外資系コンサルティングファームのValeoconManagement Consultingのアジア代表に就任。同社経営陣の一員として、M&AによりOXYGYを設立、アジアパシフィック代表を務める。2019年から現職。専門セクターは、ライフサイエンス、製造業(特に素材、部品、食品)。実施内容は会社、事業単位でのトランスフォーメーション。
Published by: Yahoo! News Japan